鹿児島から古賀へ―。
安川さん一家の移住は、「移住したい」という憧れではなく、長女の高校進学がきっかけでした。進路探しから始まったまちとの出会い、そして移住体験で得た確かな手応え。家族のリアルな移住ストーリーをお届けします。
鹿児島と韓国に分かれていた、家族のかたち
ーまず、移住前のご家族の状況について教えてください。
安川さん:移住前は、私の地元である鹿児島県で子どもたちと暮らしていました。夫は韓国に住んでいて、当時は家族の拠点が鹿児島と韓国に分かれている状況でした。
ー福岡との関わりは、それ以前からあったのでしょうか。
安川さん:はい。夫が住んでいる韓国・梁山(ヤンサン)市へ行く際、福岡を経由することが多く、何度か訪れていました。中心部を少し歩く程度でしたが、そのたびに「福岡はいい街だね」と家族で話していましたね。古賀市については、名前を聞いたことがある程度で、ほとんど知らなかったというのが正直なところです。

高校進学をきっかけに動き出した、古賀への移住
ー古賀市への移住を考え始めたきっかけを教えてください。
安川さん:当時、中学3年生だった長女の進学先を考えたことがきっかけです。長女から「鹿児島の高校は考えていない」と宣言されて。いつかは夫が住む韓国に移り住みたいという思いもあったので、「このタイミング?」とも感じましたが、長女の進路を優先して考えるうちに、その考えはいったん手放すことになりました。長女と一緒にいろいろと調べていく中で、古賀市の玄界高校にある国際文化コースを見つけました。
ー公立高校にそのようなコースがあるんですね。
安川さん:そうなんです。娘が国際文化に興味を持っていたこともありますが、実は時折、自分自身のアイデンティティについて悩んでいる様子もあって。多国籍の学生たちが集まるような、公立の学校はないかと探していました。学費面のこともあり、私立ではなく公立で考えていたのですが、その条件を満たしていたのが、九州では玄界高校だけだったんですよね。高校をきっかけに古賀市について調べていくうちに、進学先としてだけでなく、「暮らす場所」としての古賀にも、少しずつ関心が広がっていきました。
移住体験で見えてきた、古賀での暮らし
ー古賀市が主体となって開催されている『古賀市親子参加型移住体験プログラム』にも参加されたそうですね。
安川さん:はい。玄界高校を見つけて古賀について調べているうちに、このプログラムのことを知って。「これは参加しなければ」と思いました。長女は受験を控えていて学校を休めなかったので、次女と私で参加しました。



ーその時の古賀の印象はどうでしたか?
安川さん:自然の中で、たくさんの経験をさせてもらいました。鹿児島でも都会に住んでいたわけではないので、古賀であれば私たち家族にとって大きなギャップもなく、すんなり馴染めそうだと感じたんです。
さらに、プログラムの中で古賀市長が顔を出してくださり、古賀の魅力について直接お話ししてくれたのですが、それが本当に衝撃的で。「市長がこんなところに!?」と驚きました。その出来事を通して、まちを良くしたいという思いが、言葉だけでなく距離の近さからも伝わってきて、古賀というまちに一気に親しみを感じました。

住まい探しを支えた、市のサポート
ー移住にあたって、懸念点はありましたか?
安川さん:大きな心配というほどではないのですが、しいて言えば“家”ですね。土地勘がなかったので、駅に近い方がいいとか、子どもが小学校と高校に通うので、できるだけ通いやすい場所を…と探していました。
ー実際、住まいはどのように決めたのですか?
安川さん:まずは、移住体験の際に出会った市役所の方に相談しました。右も左も分からない状態でしたが、家族構成や通学のことなどを丁寧に聞いてくださり、古賀で暮らすうえでの環境についていろいろとアドバイスをいただきました。その話を参考にしながら、自分たちでも情報を集め、不動産会社などに問い合わせて住まいを探していきました。おかげで、大きな不安を感じることなく住まい探しを進めることができました。
こうした伴走型の支援が、初めての土地で暮らしを始める一歩を後押ししてくれたようです。
移住後に見えてきた、古賀での暮らしやすさ
ー移住後の生活はいかがですか?
安川さん:大きな不満もなく暮らせています。古賀の移住体験に参加していたおかげか、実際に住み始めてからもギャップはほとんど感じませんでした。暮らしの中で「古賀らしい」と感じることはいくつかありますが、例えば学校の制度なども印象的でした。
ー学校について、どのような点ですか?
安川さん:古賀市の小中学校は2学期制を導入しているそうで、全国的にも珍しいのではないかと感じています。通知表が渡されるのも年に2回になるため、学校の先生方にとっても、7月や12月の慌ただしさが軽減されるメリットがあると聞きました。
ー子育て環境について感じることはありますか?
安川さん:子どもたちの医療費が18歳まで無償化されているのも、子育て世帯にとっては安心できるポイントだと感じています。こうした制度面の支えもあって、落ち着いて子育てができる環境だと思います。
ーお子さんたちの様子はどうでしょう?
安川さん:実は一番心配していたのが次女でした。転校になるので、環境に馴染めるか不安もあったのですが、いちばん早く新しい生活に慣れてくれて。学校にもすぐ馴染み、友達もできたようで、親としては本当にほっとしました。長女も高校生活を前向きに楽しんでいる様子で、それぞれ自分のペースで新しい暮らしに順応してくれていると感じています。

生活の土台が整ってくるにつれ、安川さん自身の「働き方」にも少しずつ変化が生まれていきました。
ー移住後のお仕事は、どのように探されましたか?
安川さん:鹿児島で勤めていた職場を退職し、古賀に来てから仕事を探しました。最初は生活を回すことを優先しながら働き、少しずつ「本当にやりたいこと」にも目を向けるようになっていって。転職も経験しましたが、今は念願だった韓国と関わる業務に携わっています。今後も継続して努力を重ね、会社にとって必要な人材でありたいと考えています。
また今回の移住については、家族の支えの大きさも強く感じているといいます。
安川さん:今回の移住に関しては、本当にたくさんの方々に支えられて実現したと感じています。その中でも、特に実家の父のサポートは欠かせないものでした。移住前には一緒に「鬼王荘」に宿泊しながら、学校や住まいの準備を手伝ってくれて。移住後も生活が落ち着くまでは、鹿児島から古賀まで車で約5時間かけて定期的に来てくれていました。昨年、私が腰を痛めて動けなくなった時も、電話をするとすぐに車で駆けつけてくれて。本当に心強かったですね。
子どもに芽生えた「古賀に貢献したい」という思い
ー古賀だからこその、叶えたい夢などはありますか?
安川さん:私というより、ここは長女ですね。「古賀や玄界高校に貢献したい」とよく言っているんです。

和祈さん(長女):古賀に引っ越してきて、まちのことはもちろんですが、何より玄界高校が大好きになりました。学校にいると、さまざまな国の方と自然に交流する機会があり、外国人の友達も増えて、毎日の学校生活がとても刺激的に感じられています。一方で、私が選んだ国際文化コースは、世間的にはまだあまり知られていません。実際に学んでみると本当に魅力的で、「もっと多くの人に知ってほしい」という思いが強くなりました。鹿児島から夢を持って選んできた学校だからこそ、「自分も何か形に残したい」「大会などで結果を出して、学校の名前を広めたい」という気持ちが、以前よりもはっきり芽生えてきました。
ー実際に挑戦されたことはありますか?
和祈さん:中国語のスピーチコンテストに参加して、地区大会で優勝しました。小規模ではありましたが、こうして名前が出ることで、玄界高校についてや古賀市のことを知ってもらうきっかけになればと思っています。

和祈さん:そのほか、高校生が直接市長に提言をする「リバースメンター」にも参加し、英検の受験費用補助について提案しました。
安川さん:実際、受けたい気持ちはあっても、経済面の理由で受験を断念してしまうケースもあるようです。以前住んでいた地域では、英検受験に一部補助が出ていたこともあり、そうした経験を踏まえた提案でした。学生だからこそ気づける、とても良い視点だなと感じました。古賀での経験を糧に、これからどんなふうに羽ばたいていくのか、親としてとても楽しみにしています。
進学、住まい、仕事—それぞれの選択を重ねながら、安川さん一家の古賀での暮らしは、着実に根を下ろしつつあります。
“まず知る”が、移住成功の近道
ーこれから移住を考える人へメッセージをお願いします。
安川さん:まずは情報収集からだと思います。移住したい理由や目的によって、集める情報の分野も変わってくると思うんです。教育なのか、仕事なのか、生活環境なのか…。今は情報収集がしやすい時代なので、移住サイトなどを通じて、古賀市が積極的に行っている移住体験にも、ぜひ参加してみてほしいです。
家や仕事など、家族での移住は調べることも多く大変ですが、結果的に「来てよかった」と感じています。時々振り返っても、今が幸せだなと思います。

「移住したい」という強い決意からではなく、子どもの進路という等身大のきっかけから始まった今回の選択。
移住体験で得た実感と、実際に暮らして見えてきた安心感が、古賀での生活を少しずつ確かなものにしていきました。
家族の状況やライフステージに合わせて、無理なく暮らしを選び直せる。古賀は、背伸びをしすぎることなく、新しい暮らしへと歩み出せるまちなのかもしれません。


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