食べることの大切さを伝えていきたい|三日月とほたるオーナー 山内さんインタビュー

古賀市米多比にある古民家レストラン「三日月とほたる」オーナーの山内さん。
福岡市で育ち、20代のころにカナダやスペインで料理の勉強をした経験をお持ちです。それから糸島での勤務を経て、ずっと探していた古民家を古賀市で見つけお店をオープンされました。

今回はそんな山内さんに、三日月とほたるオープンまでの経緯や古賀に対する想いなどインタビューさせていただきました。

古賀市の古民家が見つかるまで

ー山内さんの経歴を教えていただけますか。

福岡市美和台で育ち、高校卒業後は福岡市内の居酒屋さんで働き始めました。そこから薬院にあるレストランバーに移って、23歳の時にカナダのトロントにあるレストランで1年半働きました。その後、約1ヶ月をかけてスペインを横断する旅をして、海外から帰ってきたのが26歳ぐらいですね。

それから福岡市内の会社で働き始め、その会社が糸島に宿をオープンすることになり、糸島で暮らすようになりました。そこで今の奥さんと出会います。結婚して、子どもが生まれて、次は独立しようと思って物件を探していました。

ーそこから今の古賀市の物件とどうやって出会うんでしょうか?

最初は糸島方面で物件を探していたのですが、ピンとくる物件が全然なかったんですよ。
予算的にも糸島は少し物価が高かったので、一旦諦めて、古賀市周辺のエリアを探してみようと動き出しました。探し始めて3軒目の物件でピンとくるものがあり、すぐに決定しました。

もともと古民家レストランをやろうと思っていて、糸島や古賀市周辺で古民家を探していました。親が古賀市青柳に家を買って住んでいたこともあり、古賀市を重点的に探し始めたんですね。

ーその時の古賀の印象はどうでしたか?

そうですね、母が古賀をよく知っていて、古賀でお店をするのは難しいと思うよと言われていました。しかしオープンしてみると、古賀にはうちのお店のような業態(コース料理をしっかり提供する古民家レストラン)がなかったと、お客様からよく言われました。

最近は「お店を作ってくれて本当に良かった」というお声をいただくようになり、本当にありがたいです。
糸島には古民家レストランでコース料理を提供しているお店が多く、そういった背景も古賀でお店を始めた理由のひとつです。

不便さを感じない古賀市での暮らし

ー古賀にお住まいとのことですが、古賀での暮らしはどうですか?

まず、それほど不便がないなといった印象を持っています。
移住してくる前まではスーパーまでの距離や、子どもを育てるにあたっての送迎など、距離的なものに不安を感じていました。実際に住んでみると、それほど不便さを感じていないですね。

実はこんなに自然あふれる米多比からでも、車で10〜15分程度でイオンに行けます。古賀だからというわけではないと思いますが、子育てに関しては福岡市内などの中心部でするよりも全然のびのびできていると感じています。

三日月とほたるにかける想いとは

ー三日月とほたるをオープンして7年ということで、お店への想いを教えてください。

若い時からいずれは一人でお店をオープンしようと思っていました。これは性格的なものかもしれませんが、誰かに雇われたり、チームで仕事をしたりなど、そういう集団行動があまり得意ではなかったので、いずれは一人でやろうとずっと思っていました。

三日月とほたるは、純粋に長く続けていけたらという想いが強いです。お店を大きくしたいとか、もう1店舗構えたいという欲求は今のところあまりないですね。

ー食材や料理へのこだわりはどういったことでしょうか?

料理に関しては、全部、一から自分が作ったものをお客さまに提供したいと思っています。ただのプライドやエゴかもしれませんが、そこが一つのこだわりです。
昔から外食をすると、どうしても味がきつく感じるんです。外食イコール味が濃いみたいになってきていると思っていて、本当に0から作った料理ってこういう味なんだよ、というのをもっと広めたいという願望はあります。

ー例えばどんなものを手作りされていますか?

ベーコン、生ハム、ソーセージ、よくお客さまに驚かれるのはこのあたりですね。どんなものでも、最初は人間が作ったものをどんどん工場化していって、機械が作っていくようになっています。
しかし、元は人間が作っていたわけですから、作れないものじゃないというのが僕の頭の中にあって、料理以外でDIYするのも好きです。

ーお店もDIYで?

そうですね。親父が大工だったので道具は一通りありました。

テラスは父が作って、僕も一緒に組み立てました。テーブルもよく見たら脚は手作りなんですよ。
元々テーブルが低く、座敷に正座するような感じでしたが、膝が痛いというお客様もいて、テーブルの脚を付け足した感じです。

ー古賀市の野菜や卵は使われていますか?

卵はお店の近所に鶏を飼っている人がいて、ご近所さんで知り合ってからは、そこの卵を一部使わせてもらっています。
野菜は、古賀農園さんと、やっちゃん農園さんから仕入れています。あとはコスモス広場にもちょくちょく行っていますね。無農薬減農薬の農家さんを探しています。

ー改めてですが、古賀での暮らしは何がいいですか?

古賀っていうよりは、米多比が良かったなと思っています。近所の人にもとても親切にしてもらっていて、お隣さんとも仲が良く、人間味あふれている部分はとても良いですね。

あとは自然環境です。ホタルが普通に見れるような場所でもあるので、都会では味わえない環境に住んでいることが、自慢できる部分なのかなと思います。

ーホタルの話題になりましたが、お店の名前の由来にも関係していますか?

三日月とほたるのホタルは、まさにお店の近くにいるホタルからきています。三日月は自分達をイメージしているんですが、三日月が満月になっていくように成長していきたいねという想いを込めています。
三日月の時の気持ちは絶対忘れちゃダメだねって、初心を忘れずにという想いを込めて三日月、お店の名前が「三日月とほたる」になりました。

古賀で食べることの大切さを伝えていきたい

ー昔と比べて今の古賀市はどう思われますか?

今までは古賀のまちづくりと関わることがありませんでした。僕が米多比から市内に行くことがなくて、ずっと引きこもっていたのもあるかもしれませんが。今は自分自身に少しずつ余裕ができてきたところもあって。
僕は料理以外に何かしたいと思うものが今のところなくて、ただ、伝えていきたいことがあります。料理を作ることに対して、今の人たちの感覚をもっと上げていけたらと思っています。

今は本当に何でも簡単にできるようになりましたし、冷凍食品とか便利な世の中になっていると思います。そういった便利なモノも、やっぱり0から作られているわけです。その工程を誰も知らない、知る機会がないのはどうかなと思っています。

コンビニもいたるところにあって、すぐに食べ物が手に入る。食べることの大切さや、食べ物を作ることの大切さ、食材を育ててくれている人たちに対する想いとか、そういったものをもっと多くの人が持っていてくれれば、食べ物に対しての意識が変わってくると思います。
まずは料理を提供する側の人たちにこのことを伝えていきたいです。それと、これは偏見かもしれないですが、パソコンで仕事をしている方々は昼食をゼリーとかで済ませることも多いのかな、と。

ーまさに僕らの業界ですね。時間のないときは弁当や牛丼をかき込んでいます。

それでもいいと思うんですけど、本当にただの栄養補給にならないようにしていけたらいいなと思っています。

ーこれから古賀でやっていきたいことは何かありますか?

やっぱり、さっき話したようなことをどこかのタイミングで喋らせてもらえるチャンスがあれば、少しずつ出ていこうかなと思っています。
あとはイベントのようなものがお店のスペースでできたら、とも思っていますね。まだあまり深く考えられていませんが、料理教室みたいなものを開催してみたいです。古賀のリーパスプラザの調理室でもやれるかなと思っています。

まとめ

今回は、古賀市米多比の古民家レストラン「三日月とほたる」オーナーの山内さんにインタビューさせていただきました。

食材に対するこだわり、三日月とほたるにかける想いなど、たくさんお話をしていただきありがとうございました。この記事を通して、古賀市での暮らしや食べることの大切さが伝わっていくといいなと思います。

山内さん、本日はお忙しいところインタビューにお答えいただきありがとうございました。